お知らせ

学区の様子

宇品東小学校は、広島市の南端・広島湾の側に位置し、 昭和30年に宇品小学校より分離独立してできた学校である。
  宇品東地区は、明治以降に埋め立てられた新開地で、第2次大戦以前は湿地帯と畑と工場が大部分を占めていた。戦後、急速に発展した町である。学区の4分の1をマツダさらに4分の1を県病院・県立大学・郵政関係・熊平金庫をはじめとする官公庁や企業の建造物で占め、残る半分の土地に人家がある。
 学区を通る交通機関は電車のみであるが己斐 ・ 八丁堀 ・ 広島駅と三方向に伸びていて大変便利である。 
南北に走る電車通りに沿って商店街が伸び人家も集中している。 この地域が宇品神田町で一丁目から五丁目まである。
 工場や役所・官庁が多いのが宇品東町で、  一丁目から七丁目まであり、文字通り宇品神田町の東側にある。南側にある宇品海岸三丁目は、1万トンバースを中心に六管本部・税関・水上消防署などの官庁や倉庫で占められている。
広島湾に浮かぶ金輪島までが学区である。

校章について

昭和30年6月開校まもなく校章制定に取り組み、1年がかりでできあがりました。図工の先生を中心に作製された13校の原図の中から美術専門家の意見や児童の好みの調査・PTAの意見など、多くの人々の意志が加わっているのです
 制定された校章は「宇」と「東」で宇品東を示し、旭光によって、希望と発展を象徴し、宇品が海と極めて縁が深いので波を配し、全形を円とし「和」やかで「円満」であれかしとの念願を表したものです。
永久に若々しく輝かしい業績を築きつつ、年々新たな希望に燃えて、わが宇品東小学校が益々発展するよう心から祈りを込めて制定されたのです。